FC2ブログ
2011-02-05 09:00 | カテゴリ:社長の日記
タニケン情報システム課(仮名)のAOIKEです

実は最近、本社と彦根店のコンピュータとプリンターを買換えました

P1040867.jpg P1040871.jpg
最近のコンピュータはホントに安くて高性能になりました
右のプリンターは自動で折り曲げてホッチキスで製本してくれます

セッティングに来てくれたコンピュータ会社の方とおもわず盛上がりました

実は私AOIKEは 元NE○のコンピュータ技術者 
しかも当時彦根で唯一の大型汎用コンピュータ ACOS-Ⅳ のスキル保持者 です(←分からん筈ですが..)
ACOSシステム http://ja.wikipedia.org/wiki/ACOS

つまり・・スーパーコンピュータの次に大きなコンピュータの※CEです
ですからタニケンの顧客管理システムや電子文書関係、PC環境、ホームページ環境等は私が主導で作ってます(独り情報システム課所属ですが
CE(カスタマエンジニア)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3



ちなみに私事ですが18才で上京しNE○の研究所で勉強してエンジニアとして6年間働きました
私は大企業の大型コンピュータをはじめ中小企業のサーバー端末や金融機関・官庁関係のシステム小さなものはコンビニのPOS端末まで広く保守カバーしていたオールマイティーエンジニアだったのだ (`^´)

数々の大型プロジェクトに参加しましたが※2000年問題の時ある大企業のコンピュータールームで正月を徹夜で過ごしたのを最後に引退しました
その後、3ヶ月何もしないと決めてリフレッシュした後に以前から興味があった建築業界に飛込みました

当時のコンピュータは現在のパソコン並みのスペックなのに家やビルより高価だったなぁ(勿論PCと汎用コンピュータは中身が全然違いますが

振返るとCEは最先端のコンピュータに囲まれてホワイトカラーの華やかな世界に見えますが、、、実は力仕事や2~3日の徹夜は当たり前の 3K労働それでも当時は自分や会社に誇りをもって働いていた気がします

自分以外には出来ない仕事が多いので当時は40度の熱が出ようが怪我(骨折)しようが若さと気力で6年間無遅刻・無欠席で一日も休まずに働きました
(休まないどころか毎月残業80時間はしたなぁ
ボタン一つで何百億円の被害を出す可能性がある世界でしたから、プレッシャーも凄かった記憶があります
ひ弱な私は、冷房の効いた真夜中のコンピュータルームで何度も冷や汗を出していました

そういえばつい最近、当時の会社の方から『帰ってくる気は来ないか』と唐突に連絡があった時はビックリでも嬉しかったです忘れずにいて頂いてありがとうございました
あっ勿論『今は建築の方が好きなので・・・』とお断りしました
まあそれ以前の問題で4ヶ月で浦島太郎になる世界ですから、流石に12年この世界から離れると。。既に私は化石みたいなものですから。。。
2000年問題:http://ja.wikipedia.org/wiki/2000%E5%B9%B4%E5%95%8F%E9%A1%8C




さて再びタニケン本社を見てみましょう

P1040862.jpg P1040864.jpg
総務部と設計のコンピュータは 24インチのデュアルモニターにしてみました
右:設計のUクンも2倍の仕事をしてくれるでしょう

お客さまの家モデルデータや個人情報等を預かっておりますので、大容量でセキュリティーも万全な対策をしております
又、近江八幡進出に備えてネットワーク環境も今後強化していきたいと思います

Blog By AOIKE
スポンサーサイト